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受験体験記-シロップver- あとがき

やっと私の合格体験記の執筆が終わりました!
11月くらいから初めて7月に終わる、というあまりにも遅々とした筆の進み。本当に申し訳ありませんでした。
にもかかわらず見捨てずに読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
読んでくださる方がいなければ、おそらく第一回で終了していたことでしょう(苦笑)
コメントも辛辣なものも温かいものもあったのですが、どれも大切に読ませて頂きました。反応がもらえる事自体、見てもらえている証であり、ありがたい事だなあと思って拝見していました。

コメントの一つに成績開示結果を載せて欲しい。というものがあったので入学して4月にかえってきた成績を載せます。
ただ、正確な数値をのせると、同級生など得点開示の話をした人々に特定されかねないのでアバウトな点数で許して下さい。

二次試験 国語 約60
     英語 約80
     数学 約30
    日本史 約40
    世界史 約35
      計 245

センター 793
総合点  約340

この年の最低点が338点だったので、ほとんど最低点ぎりぎりだった、ということになります。
合格実感が限りなく薄かったのもなんとなく納得していただけそうな…

慶應に合格していたときは本当に嬉しかったんですが、東大に合格したことがわかってもやはりどこか自分の中で「うそでしょ」っていう部分があってものすごくは喜べなかった。合格発表会場という非日常の空間なのに、どこか日常のファジーさが残っているようでした。とはいえ、電車の中ではちょっとにやにやしてましたが。


この体験記を執筆するとき、あまり影響されないようにG戦士さんの体験記は読まないようにしていたんですが、書き終わって読み返すとG戦士さんの体験と似ているところがいくつかありました。(試験終わってから間違えたところに気付いてしまう等)
どうしてそうなったんだろう、と考えると、受験を意識した浪人の8月にG戦士さんのようになりたい!と意識して合格体験記もだいぶ読み込んできたはずだし、イメージトレーニングを繰り返したこともあって、無意識下に沈んでいるのかもしれません。
とはいえ相違もあって、G戦士さんは、最終章のところで受験生時代の自分を「恥じる」とかかれているんですが、私は「良かった、自分に自信をもった」的なことを書きました。
というのも私はいままで「やりきったことがない」というコンプレックスがありました。学校は遅刻までまともに行けなかったし、中高の部活もやりきらないままフェードアウトして、現役時の受験もなにもかも中途半端でした。そういう意味では、浪人した時、8月に受験をきちんとすることに決めた。そのことを最後までやり通した。少なくとも半年程度は逃げずにやりきった。
そのことは「初めて」ちゃんとやりきれた出来事といってもいいでしょう。
この年になって初めてやりきれた!なんてそれこそ「恥ずかしい」ことですが、今までの人生を悔やんでも仕方ないので、この出来事をきっかけに自分に自信をもって(というか、自己承認して)もいいんじゃないだろうか、って。(巷でよく言われる「東大までの人」なんて言われたら何も言い返せないのですが笑)

この体験記自体は、体験記読みたい、って言ってくださる人がいらっしゃったので始めたのですが、この体験記で伝えたかったことをまとめると以下のようになります。

・勉強面ではやはり基礎から固めていくのが一番
・ある程度勉強習慣をルーティーン化できたら強い(ようするに自分の勉強スタイルの確立
・実際の受験では、戦略も大事

この体験記を読んでくださった人が、「こんな奴でも勉強して受験なんとかなってるんだし、俺なら出来る!」と、受験をポジティブに考える材料にでも利用していただければ幸いです。

これからも「受験勉強法blog」をよろしくおねがいします。

受験体験記-シロップver-  最終章「東京大学合格発表」

手付かずのままの後期の受験勉強。
にもかかわらず自分の中ではわかりきった結果。


不合格の事実がわかれば、私はきちんと勉強するんだろうか。そんなことを考えていても状況は好転せず、ただ合格発表の日だけがどんどん迫ってくる。
思い出されるのは、部活の先輩のこと。合格確実だと言われたにもかかわらず、前期試験後、後期の受験勉強をきちんとしていた話を聞いた。


それと比べて私は…
前期試験終了後から、まず寝れなくなって 、次に、起きれなくなって一生懸命整えてきたはずの生活リズムが乱れ、胃が少ししか食べ物をうけつけなくなり、朝は吐き気に見舞われる。そんな状態になっていた。

とりあえず頑張って図書館いってみても図書館にいた時間の半分は寝てしまう。
本屋に参考書をさがしにいって勉強の言い訳にしたり、巨大掲示板にこもって、鬱になったりもした。
もはや受験は終了した心地になって、大学入ったあとで困らないように、といろんなSNSに登録もした。

東大受かんなくても慶應は行けるんだから!!
一応後期も受けるけど、どうせ受かんないし。切り替えて大学を楽しめるようにしないと!!などと考えもした。

友達と電話していた時、「合格発表ついてきてよ、多分さ、東大受かってないから、そしたら笑って」と冗談をいっていたら本当についてきてくれることになった。

「もし本当に落ちてたら、笑ってけなしてあげる」
良い友人である。


…とはいいながら、合格発表の前日にはどうしようもなく鬱になり、自分の日記にひたすらマイナスの言葉や世の中への呪詛を書きなぐっていた。
例えば、その当時好きだったバンドの歌詞「このままじゃ気が狂いそうだからさ」という部分を10行以上にわたって書き連ねていた。
(そこには書いた時刻までが丁寧に記されていた。それによると、その日記の執筆は合格発表当日の朝の5時まで及んでいたようだ)


合格発表当日。
友達と連れ立って本郷へ。受験会場は駒場だったため、受験後初めて赤門をくぐる。

「ぜーーーーーったい落ちてるわー。はあ…」
「でも慶應行けるならいいじゃんー」
「うーん…確かに。拾ってもらえて良かった。けど、でも、なんかさー、落ちた人がさ、ベンチに座って泣いたりしてるらしいよ。私もそうなるかも…」
「はいはい」

発表時間より少し前に会場に着いたら、毎年フライングで発表されているものらしく、合格掲示板の周りにはすでに沢山の人が集まっていた。おめでとう!の掛け声や胴上げする音も聞こえてくる。

(前、見えないんですけど…っていうか文三の合格掲示板ってどこ…)
半ば軽い絶望に見舞われながら人並みをかき分け進んでいく。
「文科三類」の文字が目に入った。
(ここか…)
文三は受験番号がA3から始まる。
(どうせ、私の番号なんて無いんでしょ…)
半ば卑屈になりながら、見たくない、でも見たい。そんな気持ちで、友達と一緒に番号を探す。

最初は、どこからどういう番号が始まっているのかもわからなかったが自分の番号周辺をみているときに気づいた。

あれ、あったかもしれない…あれ?

すぐに、友達に報告。
「ねえねえ、あったかも…」
「え?どこ?」
受験番号は掲示板の上の方にあり、かなり見にくかった。

「いやでも、違うかもしれない…」
「は…?」

一応写メを撮って確認。やっぱり私の受験番号があった。
受験票を友だちに見せ、再度確認してもらう。
「受かってる?」
「や、これは受かってるでしょ」
「そうか…」

信じられない気持ちとともにじわじわ嬉しさがこみ上げてきた。

「いや、でもなんで受かったんんだろ?」
「さあ…点数取れてたからじゃないの?」

冷静かつ的確なツッコミ。

「あ、ちょっと電話してきてもいい?」と友達に断って、今まで散々お世話になったA講師に電話を掛けた。
実は、二次試験の前にも応援のメールをくださっていたし合格発表前にもメールを頂いた。

合格を報告すると、とても喜んでくださった。
「良かったじゃん!っていうか、奇跡だね笑」
「はい…笑」
「そういえば、もう胴上げしてもらった?」
「まだです」
「せっかくだし、一生に一度だから、胴上げしてもらいなよ」
「はい、本当にありがとうございました」

A講師のすすめを素直に聞き入れ、胴上げしてもらいに行く。実は、胴上げしてもらえることを期待してちゃっかりジーパンを履いてきていた。ガタイのよい、東大ユニフォームを着ているお兄さんにおずおずと近づき、「すみません…受かったんですけど…」といって、暗に胴上げを要求。

「本当?!おめでとうございますー!!ただ、ちょっと待っててね」
その部活の人達は他の人を胴上げしている最中だった。
空気が読めない自分を恥ずかしい思いながらも、順番をまって胴上げしてもらった。

胴上げの感想は、嬉しいけどやっぱり恥ずかしい気分。宙に浮いた瞬間は落とされるんじゃないかと思って不安になった。

そのあとでようやく母親にも合格したとのメール。仕事中だと思ってメールをしたが、すぐに電話がきた。

「本当に受かったの?」
「うん、そうみたい」
「うそでしょ?ドッキリじゃなくて…?」
「いや、この状況でドッキリはないでしょ…本当だと思う…写メみたけど、受験番号あったよ。とりあえず、あとで合格掲示板の写メ送るわ」
「本当…!良かったわねえ…!それとA先生にはきちんとご報告した?」
「うん」

母親ですら子の合格を信じてはいなかったようだ(笑)

でも、それもそのはず。
もともと自分の成績が悪かったことも伝えてあった。
しかしそれ以上に、この一年、あるいはこの数年、どれだけ母親は子の心配をせざるを得なかったかを考えれば当然だ。
一時は、一生フリーターでもいい、と言った。またある時は、専門にいく、と。そのまたあるときは、どこか適当な大学行く、と。
あまりにも自分勝手な行動を繰り返しては、その度に母と衝突した。
現役時代はわざわざ予備校にも通わせてもらったのに。その期待を裏切って、現実から逃げ続けてきた。

自分の転機は、逃げられない境地に陥ったから。つまり、未来の展望のない状況になってはじめて、それを心の底から不安に思ったこと。現状を変えたいと思ったこと。
受験をきっかけにしてこの状況を打開できるのではないか、という期待を持ったこと。
そしてなにより、親、友達、A講師等、周りの人びとの応援。私が受験勉強を頑張ろうという姿勢を見せた時、何も言わず後押ししてくれた。

受験に際して、大義名分があったわけじゃない。もともとの動機も、日本で一番の大学に行きたいというだけに過ぎなかった。
でも、もうこれ以上、私に期待をしてくれる優しい人達を裏切りたくないと思った。
その想いがあったからこそ、宅浪でも、前期の試験まで無事勉強し続けられたのだと思う。

仮に前期試験で落ちていて、後期試験を受けなくてはならなくなってもきっとそれは変わらない。
不合格という結果を目の前にして落ち込むことはあるだろう。前期以後勉強しなかった自分を呪ったかもしれない。けれども、この一年間は(厳密に言えば前期試験までの半年間は)、自分の中で悔いの無いものだと言い切れる。
周りの人たちに対しても恥ずかしくない行動をしたと信じている。

最初は、どん底の成績だった。しかし、一つ一つ土台を固めていくことで次のステップに進んでいくことができた。その積み重ねの結果として、「東大合格」を果たすこともでき、周りの人たちへの感謝を具体的な結果でもって示すことが出来た。そのことは本当に嬉しく思う。

仮にあのままフリーターを続け受験勉強から逃げ続けた場合、どうなっていたかはわからない。
けれども、これからの未来だって何が起こるかわからない。順風満帆とはいかないかもしれない。とはいえ、自分が頑張った、あるいは頑張れるという自信。周りへの感謝。それは歴然として変わらないし、これからの困難を乗り越えていく糧になってくれるだろう。

最後に、予備校で大好きだった先生が講義最終日に残してくれた言葉を残してこの合格体験記を終わりたいと思う。

Go for it ! I'm on your side.

あなたは独りじゃないし、応援している人もいる。
自分が最良だと信じる道を恐れずに進んでいこう。
 

Appendix

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プロフィール

G戦士

Author:G戦士
昭和60年生。元京大総合人間学部生。現在はアメリカで某プロフェッショナルファームに勤務。

地方公立高校卒業後、半年間のフリーター宅浪を経て、京大に合格。その経験から得た受験勉強法を書き綴っています。
→詳しいプロフィールへ


Sub Author:シロップ
平成2年生。東大文科三類在籍。

都内私立高校後、宅浪を経て、東大に合格。現在はG戦士さんに代わり、ブログの管理の中心を担っています。
→シロップの詳しいプロフィールへ

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