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つぶやき…

格好いいかどうか。

これが自分の人生選択における基準になっている。全くもって馬鹿らしい基準だが。

といっても、他人の目は気にしない。少なくとも、自分の尊敬しない人たちの視線は気にしない。自分が認められたいと思うひとたちにだけ理解してもらえばいい。

たとえば、僕が来年から行くような業界では、将来的に経営に関わりたいとか社長になりたいとかいうひとが多いが、僕は社長業に全く魅かれない。社会的な地位は高いのかもしれないが、絶対になりたくない。

なぜか?

格好わるいからだ。

社長業に就いているひとで、「格好いい!」「こういうひとになりたい!」と感じる人に会ったときがない。社長が書いた本を読んでいても、テレビでの発言を聞いていても、全く魅かれない。それどころか、「どうやら社長は馬鹿じゃないとできないらしい」と冷めた目で見てさえいる。

起業家、ミュージシャンや芸能人も同じだ。格好いいとは思えない。基本的に、ぼくは、大衆受けするタイプのひとが嫌いなのだろう。彼らには、知的な怠惰、あるいは計算された虚飾を感じる。それが癪に障る。

では、なにを格好いいと思うのか。どんなひとになりたいのか。

それは圧倒的なエッジを持ったプロフェッショナルだ。

最も卑近な・わかりやすい例を出せば、ゴルゴやイチローに当たるだろうが、名前が売れているかどうかは関係ない。むしろ、ぼくは自分が尊敬しない人種には名前を知られたくないくらいだ。とにかく、その分野における圧倒的な存在。ナンバーワン。他人からしたらどうでもいいようなディティールにとことんこだわり、自分の哲学・信念を絶対に曲げない。それでいて、目に見える結果を出す。誰もが認めざるをえないくらいの。

こんなことを考えていると、ありきたりな人生の一コマ一コマが美しくさえ感じられてくる。なにかひとつの完璧な芸術作品を作るための過程であるかのような充実感。

……ここまで書いてみて、こんなふうに言語化するのは格好悪いことに気がついた。沈黙もまた自分がこだわる美意識のひとつなのかもしれない。

コメント

G戦士

>バイセクさん

そういえば、僕も知り合いにひとりバイセクシャルがいます。すごく苦しんでますね。

ある意味、バイのひとって、本当に精神的な部分に目がいくので、僕のような可愛い子にころっと逝ってしまう阿呆なストレートよりもずっと健全な気がします(笑)

アドバイスするとすれば、ふたつ。

・そのもやもやした気持ちを勉強にぶつけること
・それも今すぐに実行に移すこと

これだけです。あとはBlogよんでくださいw

G戦士

思わぬ反響ww

バイセク

反骨心
本当にひかれます

僕もそうです
絶対むれたくない かるい友達は必要ない むしろ邪魔

そんな反骨心をもち高2のなつにはインターハイに出場しました

で高三
ぼくはバイセクです

男もすきになれるんです
あいされはしなかったけど最高の最高のやつを好きになった

そいつが僕に すごいひとですね といってくれた

そいつの言葉に報いたい

だからどうしても京大にいきたい!
今年は神戸大学を狙いますが一浪します!

どうかアドバイスなどいただけないでしょうか?





通りすがりの未熟者

結局は自分の世界なんて自己満足で完結する。

飽くなき向上心こそが自分の世界から自己満足という柵を取り払い、柵が取り払われてやっと他者の評価というものが加わる。

けれども自己満足の柵が取り払われればもはや他者の評価なんて自分にとってはもうどうでもいいこと。

自分は信じたことを突き進むだけ。


記事の内容に都合よく共感し、勝手にずらずらと書き連ねてしまいました。

「こだわる」ってかっこいいと思います。

通りすがりのバカやろう

言語にとって美とはなにか
吉本隆明は沈黙にこそ言語のそして生きることの本質が
あると語っています
あなたのこのコメントを見てそれを思い出しました
G戦士さんのNobilityに幸あれ

-

僕が持つ森羅万象・人生選択の判断基準はかわいいかかわいくないかです。
男に生まれてしまったので性転換しようと思います。
G戦士さんの言葉で決意の炎が滾りました。

今度から教祖と呼ばせてください。
G戦士教祖に栄光あれ!
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G戦士

昭和60年生。元京大総合人間学部生。現在はアメリカで某プロフェッショナルファームに勤務。

地方公立高校卒業後、半年間のフリーター宅浪を経て、京大に合格。その経験から得た受験勉強法を書き綴っています。
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