Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)
http://jukennavi.blog13.fc2.com/tb.php/367-5a33026e

-件のトラックバック

-件のコメント

[C8407]

好きで宅浪してるひとなんてそんなにいないだろw
予備校行ったほうがいいなんて当たり前なこと偉そうに言うなぁw

[C5163]

5024のコメント恥ずかしいね。恥ずかしいコメントね。

[C5046]

まぁ相対的に考える、というのは日本の文化と言うより近代の文化と言った方が正しいでしょうね

[C5044]

恥の文化だとかどうとか自分の知識ひけらかしたいだけだ うせろ

[C5024]

大変勉強になります

僕は高専中退いわば宅浪で受験しました 僕が思うに大切な事の根本は 方法論よりも、まずは 精神力 興味
だと思います。全く勉強してない時から受験勉強をする
習慣への過程 この事が最も大切 
ここで役立つ事はライバル的存在を作ること、それがやる気を起こし 習慣にさせ方法論が生まれる、 ライバルでなくてもG戦士さんの様に大学にいる友達から刺激を受けることでもいいと思います
大学で象牙の塔を上る研究心のある学生から甘いと言われるかもしれませんが、まずそんな所から真の興味 塔を上る準備ができるのでは?

ただ忠告したい事が一つあります、どんなに成績良かろうがいい大学でようが一時的な優越感はいいとしても、満足 つまり天狗になってはいけない、あくまでそれは本当に狭い範囲での学び 真の学びは社会に出る、幾度とある悲しみ辛さ孤独を乗り越えて 学べるものであるから 

[C5017] ロアシ

もう一年前に受験を終わった身ですが、

まさにそのとおりですね。

さすがですね!!

[C5015]

欲しい情報がすぐ手にはいる世の中では、
自分の考えで物事を判断することをしなくなりがちで、
情報(周囲の人間)に流されやすくなるのだと思います。
多分、世の中が複雑化すればするほどその傾向は顕著になるのだと思います。
結局は、相対的か絶対的かの違いと思うんですが、
日本人はかなり相対的かと思います。
つまりは周りと比較して生きているわけです。
日本人って周りにあわせる習慣がありますよね。
出る杭は打たれろ的な。
おそらく恥の文化からきているのだと思いますが、
学校教育自体がそうであったし、流行のKY、空気読め(つまり周りに合わせろ)なんていうのもその習慣からきているのだと思います。もちろん、その習慣は受験界にも浸透していて、たとえば参考書の青チャートやネクステの売り上げを見ればわかるはずです(別に両者がダメ本とは言ってない)。

このブログの参考書レビューもG戦士さん以外には相対的な一評価にしかなりえないと思います。
しかし、残念なことに受験界自体が相対的に成り立っているので、相対的なレビューも受験界ではある意味絶対的です。

「自分に合っている勉強法、環境は?」
さえ考えることが出来ればそれでよいのだと思います。
でもこの答えは、相対的には出すことは出来ません。
まずは、なんでもかんでも相対的に考える日本人から脱却する必要があるのではないでしょうか。
  • 2008-02-08
  • もうけ
  • URL
  • 編集

コメントの投稿

投稿フォーム

投稿した内容は管理者にだけ閲覧出来ます

予備校か? 宅浪か?  ――私が一番伝えたかったこと①

 私は「宅浪で受かるでしょうか?」と相談されたら、こう答えるようにしている。

 「悪いことは言わない。予備校に行くべきだよ。理由はね……(以下適当な正論)」

 確かに私は宅浪で合格した。そして今でもその選択は間違っていなかったと思っている。しかしそんな私でさえ単純に「宅浪しようかな」と考えている受験生には、確固たる自信を持って「やめておけ」と言う。その理由はごく単純である。「宅浪で受かるでしょうか?」と聞いてくる時点でその人は既に宅浪向きではないと考えるからだ。


 何故予備校ではなく宅浪なのか? 経済的理由を置いておけば、「自主的に勉強できるから」の一点に動機は収束する。何を勉強すべきか、それを一番よく知っているのは自分であり、一番効率的な計画を立て、実践できるがゆえに、ルーティンワークに終結しがちな予備校ではなく、宅浪を選択するのである。

 だが、「宅浪で受かるでしょうか?」と聞く受験生には、「自分に合っている勉強法、環境は?」ということを全く考えられていない。あたかも「万人に通じる解たる勉強法」があり、それを教えてもらえると信じているかのようだ。ここではっきり言っておこう。

 仮に万人に通じる勉強法があるとすれば、それに一番近い勉強法を実践しているのは大手大学受験予備校に間違いない。


 彼らは何十年にもわたって受験というものを定性的・定量的に分析してきている。その結果次第で何億という金が動くのだからその分析は他のどの個人、機関よりも信用に足るものだろう。もちろん予備校に行っても学力が全然伸びない生徒はいる。しかしそれは予備校が提示する勉強法が悪いのではない。単純にその人にたまたま合ってなかったからに過ぎない。

 小規模の塾や学校が時に予備校以上の存在になりえるのは、提示する勉強法が大手予備校のものより優れているからではなく、勉強法を個人個人にアレンジしていける「柔軟性」があるからである。もちろんこの柔軟性は宅浪の場合もっと高い。一般に、下のようなことが言える。


①基本的な勉強法の一般的効率性
大手予備校 > 小規模塾 > 宅浪

②勉強法アレンジにおける柔軟性
宅浪 > 小規模塾 > 大手予備校



 ここで注目すべきが②柔軟性である。結論から言えば、この②柔軟性を生かすことで、①一般的な効率性における順位はいくらでも逆転することができる。つまり、宅浪における高い柔軟性をフル活用することができたとすれば、自分にフィットしたすばらしい勉強法を実行でき、劇的な成績UPが期待できる。

 しかしこの柔軟性を生かしきれなかった場合、①における順位は絶対に逆転しえない。一個人が予備校を超える勉強法を提示できるはずがない。(だからこそ私はあまりにも体系立った勉強プロセスをサイトで提示してはいない。あくまで本人の意識を変えること、すぐに実践できる小さなテクニックの提示にこだわっている。「あれとこれをやれば○○大学は大丈夫」などとはいわない。そんなこと予備校のほうが私の百倍はよく知っているはずだ。私にできることは、予備校がそのビジネスモデルゆえに絶対に本気では訴えてこない「柔軟性を生かした自主的勉強法」を提示することだけである。)

 だから、②柔軟性を生かすだけの「能力」「性格」が自分に備わっているかどうかが重要になるのだ。ちなみに冒頭で述べた、「自分に合っている勉強法、環境は?」と考える姿勢は、柔軟性を生かすための性格の中でも非常に重要なものである。私が「宅浪なんてやめておけ。予備校に行け」といった理由もこれで或る程度納得していただけただろう。



 次の記事では、ずばりあなたが宅浪すべきか、予備校に行くべきかを決定できるような視点を提示する。  柔軟性を生かすだけの「能力」「性格」とは具体的にどのようなものか、そしてそれが自分に備わっているかどうかを判断するにはどうすればよいか、ひいてはその選択に内在するリスクはどのようなものがありえ、どの程度の大きさなのか。こういった疑問に答えうる記事にするつもりだが、実はまだあまり形になっていない(笑)気長に待ってくださると嬉しい。
この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)
http://jukennavi.blog13.fc2.com/tb.php/367-5a33026e

0件のトラックバック

7件のコメント

[C8407]

好きで宅浪してるひとなんてそんなにいないだろw
予備校行ったほうがいいなんて当たり前なこと偉そうに言うなぁw

[C5163]

5024のコメント恥ずかしいね。恥ずかしいコメントね。

[C5046]

まぁ相対的に考える、というのは日本の文化と言うより近代の文化と言った方が正しいでしょうね

[C5044]

恥の文化だとかどうとか自分の知識ひけらかしたいだけだ うせろ

[C5024]

大変勉強になります

僕は高専中退いわば宅浪で受験しました 僕が思うに大切な事の根本は 方法論よりも、まずは 精神力 興味
だと思います。全く勉強してない時から受験勉強をする
習慣への過程 この事が最も大切 
ここで役立つ事はライバル的存在を作ること、それがやる気を起こし 習慣にさせ方法論が生まれる、 ライバルでなくてもG戦士さんの様に大学にいる友達から刺激を受けることでもいいと思います
大学で象牙の塔を上る研究心のある学生から甘いと言われるかもしれませんが、まずそんな所から真の興味 塔を上る準備ができるのでは?

ただ忠告したい事が一つあります、どんなに成績良かろうがいい大学でようが一時的な優越感はいいとしても、満足 つまり天狗になってはいけない、あくまでそれは本当に狭い範囲での学び 真の学びは社会に出る、幾度とある悲しみ辛さ孤独を乗り越えて 学べるものであるから 

[C5017] ロアシ

もう一年前に受験を終わった身ですが、

まさにそのとおりですね。

さすがですね!!

[C5015]

欲しい情報がすぐ手にはいる世の中では、
自分の考えで物事を判断することをしなくなりがちで、
情報(周囲の人間)に流されやすくなるのだと思います。
多分、世の中が複雑化すればするほどその傾向は顕著になるのだと思います。
結局は、相対的か絶対的かの違いと思うんですが、
日本人はかなり相対的かと思います。
つまりは周りと比較して生きているわけです。
日本人って周りにあわせる習慣がありますよね。
出る杭は打たれろ的な。
おそらく恥の文化からきているのだと思いますが、
学校教育自体がそうであったし、流行のKY、空気読め(つまり周りに合わせろ)なんていうのもその習慣からきているのだと思います。もちろん、その習慣は受験界にも浸透していて、たとえば参考書の青チャートやネクステの売り上げを見ればわかるはずです(別に両者がダメ本とは言ってない)。

このブログの参考書レビューもG戦士さん以外には相対的な一評価にしかなりえないと思います。
しかし、残念なことに受験界自体が相対的に成り立っているので、相対的なレビューも受験界ではある意味絶対的です。

「自分に合っている勉強法、環境は?」
さえ考えることが出来ればそれでよいのだと思います。
でもこの答えは、相対的には出すことは出来ません。
まずは、なんでもかんでも相対的に考える日本人から脱却する必要があるのではないでしょうか。
  • 2008-02-08
  • もうけ
  • URL
  • 編集

コメントの投稿

投稿フォーム

投稿した内容は管理者にだけ閲覧出来ます

 

Appendix

AD

サイト内検索

プロフィール

G戦士

Author:G戦士
昭和60年生。元京大総合人間学部生。現在はアメリカで某プロフェッショナルファームに勤務。

地方公立高校卒業後、半年間のフリーター宅浪を経て、京大に合格。その経験から得た受験勉強法を書き綴っています。
→詳しいプロフィールへ


Sub Author:シロップ
平成2年生。東大文科三類在籍。

都内私立高校後、宅浪を経て、東大に合格。現在はG戦士さんに代わり、ブログの管理の中心を担っています。
→シロップの詳しいプロフィールへ

全記事(数)表示

全タイトルを表示
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。